市場を読むための学び・投資の考え方

インフレと実質リターンの考え方

インフレは、値段が上がることであると同時に、お金のものさしが縮むことでもあります。額面が減らなくても、買える量は静かに減っていきます。この記事では、100万円の購買力が年1〜3%の物価上昇で何年後にいくらまで目減りするかを計算した表、名目リターンからインフレを差し引いた実質リターンの早見表、そして名目と実質の伸びの差を示した図を用意しました。数値はすべて自分で検算できる形にしてあります。

インフレは「お金のものさし」が縮むこと

インフレ(インフレーション)とは、モノやサービスの値段が全体として上がっていく状態のことです。同じ1000円で買えるものが少しずつ減っていく、と言い換えられます。つまりインフレは、お金そのものの価値、すなわち購買力が下がっていくことを意味します。お金の額面は変わらなくても、その「中身」が目減りしていくのです。

この視点は重要です。現金で持っているお金は、額面上は減りません。しかし、物価が上がる世界では、何もしなくても実質的な価値が少しずつ削られていきます。「動かさないこと」もまた、一つのリスクを抱えている、というのがインフレ下の現実です。

やっかいなのは、この目減りが年ごとには小さく見えることです。年1%や年2%という数字は、日々の生活のなかではほとんど意識されません。ところが、これは複利で効いてきます。毎年少しずつ縮むものさしは、10年、20年と重なると、はっきり分かる大きさになります。まずは、その大きさを具体的な金額で確かめてみます。

100万円の購買力は何年でどれだけ減るか

手元の100万円を、まったく増えない形で置いておいたとします。物価だけが上がっていくと、その100万円で買えるものの量は年々減っていきます。計算は単純で、100万円 ÷ (1+物価上昇率)の年数乗、という式で求められます。次の表は、年1%・2%・3%という三つの物価上昇率について、10年後・20年後・30年後の購買力を計算したものです。

物価上昇率10年後20年後30年後
年1%約90.5万円約82.0万円約74.2万円
年2%約82.0万円約67.3万円約55.2万円
年3%約74.4万円約55.4万円約41.2万円
100万円 ÷ (1+物価上昇率)^年数 で計算した概算です。金利・税金・手数料は考慮していません。実際の物価上昇率は年ごとに変動します。

数字にすると、印象がかなり変わります。年2%という、多くの国で目標とされてきた穏やかな水準でも、30年後には100万円の購買力が約55.2万円まで落ちます。半分近くが失われる計算です。年3%なら30年後は約41.2万円で、6割近くが削られます。もっとも穏やかな年1%でも、30年で約74.2万円、およそ4分の1が消えます。

この表を「現金を持つな」という主張として読む必要はありません。生活防衛資金や、数年以内に使うお金は、値動きのない形で置いておくことに十分な意味があります。ここで確認したいのは、「現金には価格変動リスクがない」ということと、「現金にはリスクがない」ということは別だ、という一点です。価格が動かないことと、価値が減らないことは、同じではありません。

名目リターンと実質リターン

投資の成果を考えるとき、「名目リターン」と「実質リターン」を区別すると、現実が見えやすくなります。名目リターンは、見かけ上の増え方です。実質リターンは、そこからインフレの影響を差し引いた、購買力ベースの増え方です。たとえば資産が年3%増えても、物価が同じく3%上がっていれば、実質的に買える量はほとんど増えていません。

ここで注意したいのが、計算の仕方です。実質リターンは「名目−インフレ率」という引き算で概算されることが多いのですが、正確には (1+名目リターン) ÷ (1+インフレ率) − 1 で求めます。次の表は、この正確な式で計算した早見表です。

名目リターンインフレ年1%インフレ年2%インフレ年3%
年3%約1.98%約0.98%0.00%
年5%約3.96%約2.94%約1.94%
年7%約5.94%約4.90%約3.88%
(1+名目リターン) ÷ (1+インフレ率) − 1 で計算した概算です。税金・手数料は考慮していません。単純な引き算より必ず小さくなります。

たとえば名目5%・インフレ2%のマスを見てください。引き算なら3%ですが、正しくは約2.94%です。1.05 ÷ 1.02 − 1 = 0.0294…、つまり2.94%です。差は0.06ポイントほどで、一年だけ見ればわずかです。ただし複利で効くため、30年では差が広がります。年3%なら100万円が約2.427倍、年2.94%なら約2.386倍で、その差はおよそ0.041倍、100万円あたり約4万円にあたります。差を過大に見積もる必要はありませんが、引き算はあくまで概算だと知っておくと、長期の試算がぶれにくくなります。

表のなかで最も直感的なのは、名目3%・インフレ3%のマスです。ここはちょうど0.00%になります。1.03 ÷ 1.03 − 1 = 0 なので、引き算でも正確な式でも同じ答えです。額面は毎年3%増えているのに、買える量はまったく増えていない。「増えているのに、なぜか生活が楽にならない」という感覚の正体は、しばしばこの状態です。投資の目的が将来の購買力を守り、増やすことにあるなら、見るべきは名目の数字だけではありません。

名目と実質の伸びを図で見る

表の数字を、時間の流れのなかに置いてみます。次の図は、100万円を名目で年5%のペースで運用でき、同時に物価が年2%で上がり続けた場合の、名目の伸びと実質の伸びを重ねたものです。実質のペースは、先ほどの式どおり年約2.94%です。

名目リターンと実質リターンの30年間の伸びの比較名目年5パーセントで30年運用した場合の約4.32倍という伸びと、インフレ年2パーセントを差し引いた実質年約2.94パーセントでの約2.39倍という伸びを重ね、その差をインフレに削られた分として塗り分けた折れ線グラフ。名目年5%で30年(インフレ年2%の場合)1倍2倍3倍4倍インフレに削られた分名目 約4.32倍実質 約2.39倍年5%年約2.94%051015202530(年)名目(年5%)実質(インフレ年2%を差し引いた後)
名目年5%と実質年約2.94%の伸びを重ねた概算です。塗りつぶした部分がインフレに削られた分にあたります。税金・手数料は考慮しておらず、将来の利回りを示すものではありません。

30年後、名目では約4.32倍になっています。しかし購買力で見た実質の伸びは約2.39倍にとどまります。塗りつぶされた部分が、インフレに削られた分です。注目したいのは、この差が時間とともに広がっていくことです。最初の5年ではほとんど見分けがつきませんが、20年、30年と進むにつれて、二本の線ははっきりと離れていきます。長期の計画ほど、名目の数字だけで判断すると実像から離れやすくなります。

現金・債券・株式の感応度

資産の種類によって、インフレへの強さは異なります。一般論として、現金はインフレに最も弱く、購買力が直接削られます。固定の利息を受け取る債券も、インフレが進むと実質的な価値が目減りしやすいとされます。株式は、企業が価格転嫁を通じて売上や利益を伸ばせる場合、長期的にはインフレにある程度対応しやすいと語られますが、短期では金利上昇を通じて逆風を受けることもあります。

ここでも万能の正解はありません。どの資産も一長一短があり、インフレが穏やかなのか急なのかでも反応は変わります。大切なのは、「自分の資産が、物価上昇に対してどれくらい無防備か」を把握しておくことです。それが分かれば、現金の比率や資産の組み合わせを考える出発点になります。

守りとしての投資という視点

投資というと「増やす」イメージが先に立ちますが、インフレの観点からは「守る」という側面も見えてきます。何もしなければ実質価値が削られていく世界で、購買力を維持しようとすること自体が、一つの防御です。攻めだけでなく守りの動機からも、投資は語れます。

もっとも、インフレへの備えを焦って過大なリスクを取るのは本末転倒です。守るための行動が、かえって大きな損失の入り口になっては意味がありません。インフレを正しく恐れつつ、自分のリスク許容度の範囲で淡々と備える。怖がりすぎず、軽んじすぎず、というバランスが鍵になります。

タルムードの視点 ― 動かさないことにもリスクがある

「人は常にその財を三分すべし。三分の一を土地に、三分の一を商品に、三分の一を手元に」という趣旨の言葉が伝えられています(ババ・メツィア42a)。ここで注目したいのは、手元に置く分が三分の一にとどまっている点です。全額を手元に抱え込むことは、この教えでは推奨されていません。安全に見える置き場所であっても、そこに全部を集めることは、それ自体が一つの偏りだという読み方ができます。

インフレは、この古い直感に現代的な裏づけを与えます。何もしないという選択は、価格が動かないという意味では安全ですが、購買力という別のものさしでは静かに減り続けます。動くことにリスクがあるのと同じように、動かないことにもリスクがある。どちらを取るかではなく、どちらのリスクをどれだけ引き受けるかを自分で決める。三分せよという言葉は、そういう配分の問題として読むこともできそうです。

よくある質問

現金は安全ではないのですか?

価格が変動しないという意味では、現金はきわめて安定しています。数年以内に使う予定のあるお金や、生活防衛資金を現金で持つことには十分な合理性があります。一方で、物価が上がる局面では購買力が確実に目減りします。上の表のとおり、年2%の物価上昇が続けば30年で購買力は約55.2万円まで落ちる計算です。「価格変動のリスクがない」ことと「リスクがない」ことは別だ、という整理をしておくと混乱しにくくなります。

インフレに強い資産はありますか?

一般論として、企業が販売価格を引き上げられる局面では株式が対応しやすいとされ、物価連動債のようにインフレ率に応じて元本や利息が調整される仕組みの債券もあります。不動産や商品(コモディティ)が挙げられることもあります。ただし、どれも短期的には金利や景気の影響を受け、インフレ局面で必ず上がるわけではありません。「強い資産を一つ選ぶ」より、性格の異なるものを組み合わせて偏りを減らす、という考え方のほうが現実的だとされています。

給料が物価と一緒に上がれば問題ないのでは?

収入が物価と同じペースで増えるなら、日々の生活への影響は和らぎます。ただし二つ注意点があります。第一に、賃金の上昇が物価の上昇に遅れることがあり、その間の目減りは戻ってきません。第二に、すでに貯めてある資産の購買力は、給料が上がっても回復しません。フローの収入とストックの資産は別の話です。老後資金のように長く置いておく資産ほど、インフレの影響をまとめて受けやすくなります。

参考情報

物価の動向や金融政策の考え方については、日本銀行が公表資料や解説を掲載しています。消費者物価指数など物価に関する統計そのものは、政府統計の総合窓口である e-Stat から確認できます。本記事の数値はすべて、本文に示した式で計算した概算であり、税金・手数料は考慮していません。実際の物価上昇率は年ごとに変動し、将来の水準を示すものではありません。