市場を読むための学び・市場の見方・基礎
バブルの歴史 ― 四百年へだてて繰り返される形
「バブル」という言葉は日常的に使われますが、その渦中にいる人がそれをバブルだと認識できたことは、歴史上ほとんどありません。この記事では四百年近い時間に散らばる四つの出来事を順に眺め、対象も時代も違うのに繰り返し現れる形を確認します。次のバブルを当てるためではなく、当てられないという前提のうえで、熱狂のなかにいる自分の位置を少しだけ客観視するための材料として読んでいただければと思います。
四百年へだてて、同じ形が現れる
「バブル」という言葉は日常の会話にも登場しますが、その中身を説明しようとすると意外に難しいものです。値段が上がりすぎた状態、と言ってしまえば簡単ですが、どこからが「すぎた」のかを当時の人が判断できたことは、ほとんどありません。後から振り返って初めて、あれはバブルだったと名前がつきます。この言葉が常に過去形で使われがちなところに、厄介さが集約されています。
一方で、過去に起きた出来事を並べてみると、対象も時代も国も違うのに、驚くほど似た形をしていることに気づきます。17世紀オランダの球根、1980年代末の日本の株式と土地、1990年代末の米国のインターネット関連株、2000年代の米国の住宅。売買されたものはまったくの別物で、最初と最後のあいだには四百年近い隔たりがあります。それでも、値段の上がり方と下がり方、そしてその時期に語られた理屈には、共通する型があったとされています。
この記事では、その四つの出来事を順に眺めたうえで、繰り返し現れる形を二つの図に整理します。目的は次のバブルを言い当てることではありません。むしろ逆で、言い当てられないという前提に立ったうえで、何に備えておけるのかを考えることが狙いです。なお本記事は学習を目的とした解説であり、特定の資産や商品の売買を勧めるものではありません。歴史的な数値は、一般に広く知られた概数として扱います。
チューリップ ― 記録と伝説のあいだ
最も古い例としてよく挙げられるのが、17世紀オランダのチューリップの球根をめぐる高騰です。1630年代、珍しい模様の入った球根に高い値がつき、1637年の初めに価格が急騰したのち、2月ごろを境に急速に崩れたと伝えられています。一つの球根が熟練した職人の年収の何倍にもあたる金額で取引された、という逸話が、その後も繰り返し紹介されてきました。
ただし、この出来事については少し注意が必要です。後世に広く知られている逸話の多くは、当時の風刺的な文書や、事件から時間が経ってから書かれた読み物に由来するとされ、社会全体が投機に飲み込まれたという描き方には誇張が含まれている、という見方が歴史研究のなかでは有力になっています。取引に関わったのは比較的限られた層で、経済全体への打撃も語られるほど大きくはなかった、という指摘もあります。
それでも、この話が四百年語り継がれてきた理由はあります。実用性からかけ離れた値段が短期間でつき、そして短期間で消えたという事実そのものは残っているからです。そして、後から誇張された物語のほうが広く記憶されたという点も、実は示唆的です。熱狂は、それが終わったあとも、語りのなかで形を変えて生き続けます。歴史を教訓として使うときには、どこまでが記録でどこからが物語かを分けておく作業が要る、ということでもあります。
日本のバブル経済 ― 最高値から十三年の下り坂
日本に住む私たちにとって最も身近な例は、1980年代後半のバブル経済でしょう。日経平均株価は1989年12月29日の大納会に終値38,915円87銭をつけ、これが長いあいだ史上最高値として残りました。当時は5万円も時間の問題といった強気の見通しが語られていたと伝えられています。株式だけでなく土地の価格も大きく上昇し、地価は下がらないという前提が広く共有されていました。
転機になったのは金融政策の方向転換だったとされています。日本銀行は1989年5月から金融引き締めに転じ、公定歩合は段階的に引き上げられて1990年8月には6.00%に達しました。加えて土地取引に関する規制も導入され、資金の流れは急速に細くなります。株価は1990年に入ると下落を始め、土地の価格も遅れて下がっていきました。上昇を支えていたのが資産そのものの力ではなく、流れ込む資金の量だったことが、ここで明らかになった形です。
特筆すべきは、下落が長く続いたことです。日経平均は2003年4月28日に終値7,607円88銭まで下げ、これがバブル後の最安値として記録されました。最高値からおよそ8割の下落で、そこに至るまで13年余りかかった計算になります。バブルの崩壊は一日の暴落として語られがちですが、実際には、回復したかに見える戻りを何度も挟みながら、長い下り坂として進むこともある。この点は、他の三つの例よりもはっきりと見て取れます。
ドットコム ― 新しい技術と、古い熱狂
1990年代の後半、インターネットの商用利用が広がるなかで、米国では関連企業の株価が急速に上昇しました。ハイテク株の比率が高いナスダック総合指数は、2000年3月10日に5,048.62という当時の最高値をつけています。利益を上げていない企業にも高い評価がつき、従来の物差しでは説明しにくい水準だという指摘は、当時からありました。
しかし、そうした指摘は「新しい経済では古い物差しは通用しない」という論法で退けられがちだったとされています。この「今回は違う」という言い方は、後から振り返ると、ほぼすべてのバブルに共通して現れる表現です。ここで見落とされやすいのは、インターネットが世界を変えるという見立て自体は正しかった、という点です。誤っていたのは技術の将来性ではなく、その将来性がすでに株価にどれだけ織り込まれているか、という評価のほうでした。
ナスダック総合指数はその後下落し、2002年10月には1,114前後まで下げています。ピークからおよそ78%の下落です。生き残って後に大きく成長した企業がある一方、多くの企業が姿を消しました。技術そのものは本物だったのに、投資の結果は人によって正反対になった。この非対称は、新しい技術をめぐる話題に触れるとき、いまも思い出す価値があるように思われます。正しい未来を予想することと、その未来から利益を得ることは、別の作業だということです。
住宅バブル ― 「安全」と信じられた資産
2000年代の米国では、住宅価格が長期にわたって上昇しました。代表的な住宅価格指数は、2000年から2006年ごろにかけておよそ2倍になったとされています。背景には低い金利と、返済能力の審査が緩い住宅ローンの拡大があり、さらにそれらのローンを束ねた金融商品が世界中の投資家に販売されていました。
ここで働いていたのは、住宅価格が全国規模で同時に下がることはない、という前提でした。過去のデータ上、地域ごとの下落はあっても全米で一斉に下がった例はない、という経験則が、商品の設計や格付けの土台に置かれていたとされています。しかし2006年ごろを境に価格は反転し、前提は崩れました。2008年9月15日には大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、混乱は世界へ広がります。
米国のS&P500種株価指数は、2007年10月9日の終値1,565.15から2009年3月9日の676.53まで下げました。およそ57%の下落です。この局面が他と違っていたのは、中心にあったのが派手な投機の対象ではなく、多くの人が安全な資産と考えていた住宅と、その周辺の金融商品だった点です。安全だと広く信じられていることが、かえって借り入れを大きくし、崩れたときの被害を広げることがある。ここで学べるのは、そうした逆説です。
四つの物語に共通する形
対象も時代も違う四つの出来事から、値段の動きだけを取り出して並べてみます。次の図は、それぞれの概略の形を同じ大きさに揃えて描いたものです。実際の期間も下落率もまったく異なるため、比較のための正確なグラフではなく、形だけを見るための概念図として眺めてください。
共通しているのは、上がり方が終盤ほど急になり、下がり方は上がり方よりも速い、という非対称です。そして、どの例でも、なぜ今回の値上がりは正当なのかを説明する理屈が当時は存在していました。球根の希少性、日本経済の強さ、インターネットという新しい技術、住宅という実物資産の安全性。どれも完全な誤りではなく、部分的には正しかったという点が、話をややこしくします。まったくの嘘であれば、多くの人が長く信じ続けることはできません。
もう一つの共通点は、崩壊のきっかけが、その資産そのものについての悪いニュースとは限らないことです。日本では金融政策の転換が、米国の住宅では価格上昇の頭打ちが引き金になったとされています。積み上がった期待は、それ自体の重さで崩れやすくなっており、最後のひと押しは小さくても足りる。きっかけを探して不安になるより、どれだけの期待が積み上がっているかを眺めるほうが実際的だ、という言い方もできます。
バブルが育つ順序
値段の形だけでなく、その背後で起きる順序にも似た型があるとされています。経済学者ハイマン・ミンスキーの議論をもとに整理された説明がよく知られており、次の図はその考え方を大きく単純化したものです。
出発点にあるのは、たいてい本物の変化です。新しい技術、規制の変更、金利の低下といったもっともな理由がまずあり、値段の上昇はそこから始まります。次に起きるのが信用の膨張です。借り入れによって買う人が増えると上昇はさらに加速し、この段階で、値上がりしたという事実そのものが次の買いの理由になる、という循環が生まれます。理由と結果が入れ替わるこの瞬間が、後から見るとひとつの分かれ目になっていることが多いようです。
そして参加者が広がります。ふだん市場の話をしない人が話題にし始める、という現象がしばしば指摘されます。ただし、これを売りの合図として使うのは危険です。その状態が数か月で終わることもあれば、数年続くこともあるからです。最後に何らかの転機が訪れて買い手が減ると、借り入れで買っていた層から先に売らざるを得なくなり、下落が下落を呼ぶ巻き戻しが始まります。上昇を加速させた仕組みが、そのまま下落を加速させる。借り入れの怖さは、この対称性にあると言えます。
「いまがバブルか」は、中にいる限り分からない
ここまで読むと、次のバブルを見分けられそうな気がしてきます。しかし歴史が繰り返し示しているのは、むしろ反対のことです。高すぎるという指摘は、たいていバブルの途中で何度も出ます。そして、そのうちのいくつかは数年早すぎたために間違いとして扱われ、指摘した人は信用を失いました。早すぎた警告と誤った警告は、後から振り返らない限り区別がつきません。
さらに厄介なのは、バブルだと判断して市場から離れることにも、相応の代償がある点です。上昇が数年続けば、その間に得られたはずのものを逃します。逆張りは、当たったときの物語が鮮やかなぶん、外し続けた期間の長さが忘れられがちです。つまり歴史から学べるのは、当てる方法ではなく、当てられないときにも致命傷を負わない持ち方のほうだ、ということになります。
実務的な言い方をすれば、備えは退屈なものになります。借り入れを使って買わないこと、一つの資産に集中させないこと、値上がりしているという理由だけで買い増さないこと、そして、自分がどれだけの下落になら耐えられるかを、下落が起きる前に言葉にしておくこと。どれもバブルを見分ける技術ではありません。見分けられなくても生き残れるようにしておく、という種類の準備です。四百年分の記録が示しているのは、たぶんそちらのほうです。
タルムードの視点 ― 欲望は、富より速く増える
「100ズーズを持つ者は100の願いを持ち、200ズーズを持つ者は400の願いを持つ」という趣旨の言葉が伝えられています。持ち高が2倍になると、願いは2倍ではなく4倍になるという非対称の指摘です。バブルの渦中で起きているのは、まさにこの現象だと読むことができます。資産が増えるほど満足に近づくのではなく、比べる相手が上へ移り、足りないものの一覧のほうが長くなっていく。値上がりしている最中に、もっと買っておけばよかったという後悔が湧いてくるとすれば、それはこの構造が働いている合図かもしれません。
同じ伝統には「急いで得た富は減り、少しずつ積む者の富は増える」という趣旨の言葉もあります。速さそのものを否定しているというより、手に入れる過程が、手に入れたあとを決めてしまうという観察として読めます。短期間で大きく増えた資産は、それを保つための習慣や判断が育つ前に手元に来るため、同じ速さで失われやすい。四つのバブルの記録は、この古い観察と重なるところが多いように思われます。繰り返しているのは出来事そのものではなく、おそらくそれを眺める私たちのほうです。
よくある質問
いまの市場がバブルかどうかを見分ける方法はありますか。
確実な方法は知られていません。過熱の目安として語られる指標はいくつかありますが、それらが警告を発してから実際に下落するまでに数年かかった例も、警告が結局外れた例もあります。歴史から得られるのは判定の技術ではなく、判定できない前提での備え方だと考えるほうが安全です。
バブルが崩壊すると、株価は必ず元の水準まで戻るのですか。
必ず戻るとは限らず、戻るとしても要する時間は大きく異なります。日経平均が1989年末の最高値を回復したのは2024年で、30年以上を要しました。一方、米国のS&P500種株価指数は2007年の水準を5年余りで回復したとされています。個別の企業に至っては、そのまま姿を消した例も少なくありません。
「今回は違う」という言葉は、いつも間違いなのですか。
いつも間違いというわけではありません。実際に技術や制度が大きく変わることはあり、ドットコムの局面でも、インターネットが社会を変えるという見立て自体は正しかったとされています。誤りが生じやすいのは、変化が起きるかどうかの判断ではなく、その変化の価値がすでに値段にどれだけ織り込まれているか、という評価のほうです。
参考情報
日本のバブル期における金融政策や公定歩合の推移については、日本銀行が公表している統計や解説が一次情報にあたります。国内の株式市場の仕組みや株価指数の算出方法については、日本取引所グループの解説が参考になります。本記事で触れた数値は一般に広く知られた概数であり、正確な記録や日付を確認する場合は、各機関が公表している資料をご確認ください。歴史上の出来事の解釈については研究者のあいだでも見解が分かれる部分があり、本記事もひとつの整理にすぎません。